—— 治療が正しくても悪化する、その臨床的背景を知る
肺炎で入院。
抗菌薬も、補液も、酸素投与も、方針は妥当。
それなのに——治療開始後まもなく、呼吸状態が急速に悪化。
そんな経験、ありませんか?
実は、「仮に感染性肺炎であって、その治療が正しかったとしても悪化することがある」のです。
これは呼吸器内科だけでなく、すべての診療科で知っておく価値のある現象です。
「正しい治療でも悪化する」理由
① 脱水補正で“隠れていた影”が顕在化
入院時の患者はしばしば脱水傾向にあります。
血流が少ないと、炎症部位の陰影が軽く見えたり、ガス交換障害が目立たなかったりします。
ところが、補液で循環が回復するとどうなるでしょう?
炎症で血管透過性が亢進している肺では、水分が漏出しやすくなり、
肺水腫様の変化や喀痰増加によって呼吸状態が一時的に悪化します。
これは心不全とは限らず、“再灌流+炎症反応”による一過性の増悪です。
② 抗菌薬による菌体崩壊反応
抗菌薬が効き始めると、菌が一気に壊れます。
その際に放出されるエンドトキシンなどのPAMPsが、IL-6やTNF-αなどのサイトカインを誘導。
結果として過剰な炎症反応が起こり、一時的に呼吸状態が悪化することがあります。
これはいわば「治療が効いている証拠」でありながら、危険な転換点でもあります。
🧩 PAMPsとは?
PAMPs(Pathogen-Associated Molecular Patterns)=病原体関連分子パターンとは、
細菌やウイルスなどの病原体に共通して存在する特徴的な分子構造のこと。
生体の免疫細胞(マクロファージや樹状細胞など)は、
表面や細胞内にあるパターン認識受容体(PRR: Pattern Recognition Receptor)でこれを感知します。
代表的なのがTLR(Toll-like receptor)です。
| 病原体 | 主なPAMPs | 認識する受容体(例) |
|---|---|---|
| グラム陰性菌 | リポ多糖(LPS)エンドトキシン | TLR4 |
| グラム陽性菌 | ペプチドグリカン、リポテイコ酸 | TLR2 |
| ウイルス | 二本鎖RNA、CpG DNA | TLR3, TLR9 |
| 真菌 | β-グルカン、マンナン | Dectin-1, TLR2 |
抗菌薬で菌が壊れると、これらのPAMPsが一気に放出されます。
それをTLRなどのPRRが認識すると、IL-6やTNF-αなどのサイトカインが大量に放出され、
炎症が悪化(サイトカインストーム様反応)します。
ただし——「感染性だから」と油断しない
ここが非常に重要です。
確かに感染性肺炎であっても、正しい治療の過程で悪化することがあります。
しかし、常に“それだけではない”可能性も頭に置く必要があります。
実臨床では次のような評価・鑑別が欠かせません:
- 抗菌薬のスペクトラムや投与量が適切か再確認
- 間質性肺炎や薬剤性肺障害などの非感染性病態の見極め
- 経過中に新たな病態(心不全・塞栓症・二次感染など)の重複がないか
「治療中の悪化=効き始めの反応」と決めつけず、
再評価と広い鑑別が安全な臨床の基本です。
想定と準備が“救命”を分ける
治療開始後の悪化は、時に急変として現れます。
だからこそ、医療者側が事前に想定しておくことが大切です。
- ICU移動や人工呼吸が必要になるリスクを説明
- DNAR(蘇生制限)の意思確認
- チームでの早期共有とサポート体制整備
「あり得る悪化」を想定しておくことで、慌てず、患者・家族にも誠実に対応できます。
対応の基本方針
- 補液量の再評価
過補液を避け、必要ならNPPV・HFNC・挿管などで陽圧換気を検討。 - 炎症の過剰反応にはステロイドも選択肢に
詳細は、ARDSや敗血症のガイドラインなどを参考に、全身状態と経過で判断。
まとめ:「もうだめ」ではなく「山を越える」
肺炎治療中の呼吸悪化は、必ずしも「治療失敗」ではありません。
むしろ、「治療が始まったからこそ起きる悪化」であることがあります。
ただし、本当にそれでよいのかを常に見直す姿勢が不可欠。
治療の反応と、別の病態による悪化を丁寧に見極めてこそ、患者を救える臨床になります。

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