論文紹介COPD

COPD患者において、吸入ステロイドは主要な心血管イベントを減らすのか?(Thorax. 2025)

Inhaled corticosteroids and major cardiovascular events in people with chronic obstructive pulmonary disease. Ioannides AE, et al. Thorax. 2025 Jan 17;80(2):67-75. doi: 10.1136/thorax-2024-222113.

まず最初に結論からいうと

以下のとおりです。

  1. 本研究は後ろ向きの観察試験であり、因果関係の主張に限界あり。
  2. Intention-to-treat解析なので、ICSの中断が考慮されていない。
  3. そのため、解釈には注意が必要であることが前提。
  4. 吸入ステロイド(ICS)はMACE(急性冠症候群:ACS、心不全、虚血性脳卒中、心血管死)全体のリスク低下と関連しなかった。
  5. ICSは心不全個別のリスク低下と関連した。ただし、このリスク低下の理由は、ICSが「心不全」と誤分類された「COPD増悪」症例を減少させただけなのかもしれない。
  6. ICSの新規使用者ではACSのリスクが一時的に上昇したため、慎重な使用が必要かもしれない。
  • COPD患者は心血管イベント(心筋梗塞、心不全、脳卒中など)のリスクが高いことが知られています。そのため、ICSの使用が心血管イベントのリスクを減らすのかどうか?というクリニカルクエスチョンは、長年にわたって議論されてきました。
  • 過去の研究では、ICSが心血管イベントリスクを低下させるとする報告もあれば、関連がないとする報告もあり、結果が一貫していません。この不一致の要因としては、次のような点が考えられます。
  1. 研究デザインや対象集団の違い
    • ICSの種類(ブデソニド vs フルチカゾン など)
    • 投与量(低用量 vs 高用量)
    • 治療期間(短期 vs 長期)
    • 心血管疾患の既往の有無
  2. ICSの影響が一律ではなく、特定の条件下で効果が異なる可能性
    • ある研究では6か月以上のICS使用で死亡率が低下Check!!>したことが報告されている。
    • また、ICSの種類によっても心血管イベントリスクへの影響が異なる可能性がある。

6か月以上のICS使用」と定義されているので、immortal time biasがあるかもしれません。

詳しくはこちらの記事で説明しています。→こちら

  • そこで今回の研究では、COPD患者におけるICSの使用と心血管イベント(MACE:心筋梗塞、心不全、脳卒中、心血管死)との関連を、英国の大規模データを使って解析しました。さらに、ICSの種類や新規使用者かどうか、心血管疾患の既往が影響を与えるのかも検討しています。
  • この論文の曝露因子(Exposure)、つまり、比較する治療はCOPDに対するICSの処方歴としました。詳細は以下のとおりです。
  • 一般的な比較:「ICSあり」 vs 「ICSなし(LABAまたはLAMA単独)」
  • 詳細な比較:「三剤併用療法(ICS+LABA+LAMA)」 vs 「LABA+LAMAの併用療法」

ICSの定義:

  • ICS単独
  • ICS+LABA
  • ICS+LAMA
  • ICS+LABA+LAMA(三剤併用療法)

ICSなしの定義:

  • LABA単剤
  • LAMA単剤
  • LABA+LAMA(ICSを含まない)

さらに、ICSの薬剤クラスごとの影響も解析しています。

  • フルチカゾン群(フルチカゾンプロピオン酸エステルまたはフルチカゾンフランカルボン酸エステル)
  • MBBC群(モメタゾンフランカルボン酸エステル、ベクロメタゾン、ブデソニド、シクレソニド)

果たして、ICSは心血管リスクを減らすのか、それとも影響はないのか?
この研究の結果が、ICSの使用に関する意思決定にどのように役立つのかが重要なポイントとなるかもしれません。

背景

  • ICSがCOPD患者におけるMACEを減少させるかどうかが議論されている。

目的

COPD患者において、以下を明らかにすることを目的とする。

  1. 長時間作用性気管支拡張薬と比較して、ICSがMACE(急性冠症候群・ACS、心不全・HF、虚血性脳卒中、心血管死)発生率を減少させるか?
  2. 薬剤の種類、新規使用者か否か、または患者の心血管疾患の既往がICSとMACEの関連性に影響を与えるか?

方法

  • 2010年1月1日から2019年12月31日までの期間において、英国のClinical Practice Research Datalink Aurumデータを用い、Hospital Episode StatisticsおよびOffice of National Statisticsの死亡データとリンクさせたコホート研究を実施した。
  • Cox比例ハザード回帰を用い、時間変数の相互作用を調整するか、傾向スコア調整モデルを適用することで解析を行った。
  • 暴露因子は、追跡開始前1年間のICS処方(長時間作用性気管支拡張薬との比較)および三剤併用療法(長時間作用性気管支拡張薬の併用療法との比較)とした。
  • 主要アウトカムは、MACE全体およびMACEの個々のサブタイプである。

主な結果

  • COPD患者113,353名(平均年齢67.9歳、男性53.3%)において、ICSの処方はMACEと有意な関連を示さなかった(調整後ハザード比(HR)=0.98、95%信頼区間(CI):0.95–1.02、p=0.41)。
  • しかし、ICSの処方は心不全の発生率低下と関連し、この効果は追跡開始から6年間持続した(平均調整後HR=0.91、95%CI:0.86–0.96、p<0.001)。
  • 特に、モメタゾンフランカルボン酸エステル、ベクロメタゾン、ブデソニド、シクレソニドを含むICS群において心不全の発生率が低下した(HR=0.89、95%CI:0.84–0.94、p<0.001)。
  • 一方、新規ICS使用はACSの増加と関連した(HR=1.27、95%CI:1.09–1.47、p<0.001)が、この影響は新規使用期間を超えて持続しなかった。
  • 三剤併用療法とMACEとの間には有意な関連は認められなかった。これらの結果は、心血管疾患の既往の有無にかかわらず一貫していた。

文献より引用改変

結論

  • ICSはMACEを減少させなかったが、心不全については例外的に発生率を低下させた。
  • この結果は、ICSが(心不全と)誤分類されたCOPD増悪を減少させた可能性を示唆する。
  • この研究では、COPD患者におけるICSの使用は、MACEのリスク減少と関連しなかったことが明らかになりました。
  • 一方で、ICSは心不全のリスクを低下させる可能性があるものの、その効果は長期間持続しないことも示唆されています。
  • また、新規にICSを使用し始めた患者では、ACSリスクの一時的な上昇と関連していました。ただし、本研究は後ろ向き観察研究であるため、この関連が因果関係を示すとは限りません。むしろ、逆因果の可能性として、ACSリスクが高い患者にICSが処方されやすかった可能性も考えられます。
  • それでも、この結果は、ICS導入時には患者の心血管リスクを慎重に評価することが重要であることを示唆しています。

では、COPD患者にICSを使うべきか? (個人的な意見です)

✔ MACEのリスク低下を目的としてICSを使用するのは推奨されない
✔ 心不全リスクを減らせる可能性はあるが、その効果は限定的。
 → 個人的には、心不全リスクが高い患者では、循環器内科と併診するのが望ましいと考える。
✔ 新規使用時には、念のためACSリスクの上昇に注意が必要。

以上を踏まえると、ICSの処方は、本来の適応であるCOPD増悪を繰り返す患者や喘息合併例に限定するのが適切でしょう。
不要な処方は避け、「余計なことはしない」のが最善の選択かもしれません。

COPDの治療を考える際は、ICSのリスクとメリットを正しく理解し、個々の患者に適した治療選択をすることが大切です

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