論文紹介呼吸不全

ARDSにおける筋弛緩薬治療の有益性は、肺のエラスタンス(硬さ)に依存する可能性?

Elastance May Determine the Neuromuscular Blockade Effect on Mortality in Acute Respiratory Distress Syndrome.
Zalucky AA, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2025.

ARDSと神経筋遮断(NMB)の関係—ROSE試験の二次解析から考える

急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の標準治療として、保護的な低換気(予測体重あたり4~8 mL/kg)やプラトー気道圧の制限が推奨されていますが、依然として死亡率は40~50%と高いままです。

その要因の一つとして、肺胞の過伸展による人工呼吸器関連肺障害(VILI: ventilator-induced lung injury)が挙げられます。

この研究はROSE試験の二次解析であり、ARDS患者に対する神経筋遮断(NMB: neuromuscular blockade→つまり筋弛緩薬)の効果が、呼吸システムの特性(respiratory system elastance: Ers)や換気の効率(ventilatory ratio: VR)によって異なる可能性があるかどうかを検討しました。

ちなみにROSE試験の概要は以下の通りです。

ROSE試験

中等度から重度のARDS患者を対象に、48時間の持続的なシサトラクリウム投与(深鎮静併用)通常ケア(軽鎮静、ルーチンの神経筋遮断なし)を比較した無作為化試験である。結果として、90日死亡率に有意差は認められず、介入群では身体活動の低下と心血管系有害事象の増加が観察された。結論として、高PEEP戦略下では、早期の持続的神経筋遮断は死亡率改善につながらなかった

Early Neuromuscular Blockade in the Acute Respiratory Distress Syndrome. N Engl J Med. 2019 May 23;380(21):1997-2008.<リンク

ErsとVRとは?

  • Ers(呼吸システムの弾性)
    Ersは、肺の「硬さ」や「弾力性の低下」を表す指標です。一定のTidal volumeに対してどれだけ気道内圧が上昇するかで測定され、Ersが高いほど肺は硬く、換気が困難になります。ARDS患者では、肺が部分的に虚脱することでErsが上昇し、肺にかかるストレスが増大すると考えられています。
  • VR(換気比)
    VRは、換気負荷(ventilatory load)を示す指標であり、肺の生理学的死腔(実際にガス交換が行われない部分の換気)とCO₂産生・排出のバランスから算出されます。VRが高いほど、換気が効率的に行われておらず、肺への負担が増えていることを意味します。

ARDSにおける自発呼吸努力と人工呼吸器との不同調

  • ARDS患者では、過剰な自発呼吸努力や人工呼吸器との不同調がVILIを悪化させることが知られています。
  • 過剰な自発呼吸努力により、肺が必要以上に引き伸ばされ、局所的な過伸展が生じることがあります。
  • 患者の呼吸リズムと人工呼吸器の制御がうまく合わない場合、無駄なエネルギー消費や肺へのストレスの増大が起こる可能性があります。

NMBはARDS患者に有効なのか?

NMBは、患者の自発呼吸を抑制し、人工呼吸器との不同調を防ぐことで、VILIのリスクを低減できる可能性があります。また、NMBにより呼気筋の活動が抑えられ、呼気終末肺容量が増加することで、一部の患者では肺ストレスやストレイン(ひずみ)が軽減されると報告されています。さらに、NMBが炎症性サイトカインの減少と関連することも示されており、肺の損傷を抑える可能性が示唆されています。

しかし、ROSE試験では、NMBがARDS患者の死亡率を改善しないと報告されました。この結果を踏まえ、本研究では、NMBの効果がErsやVRによって修飾される可能性があるのではないか?という仮説のもと、ROSE試験のデータをベイジアン解析により再評価しました。

背景

  • ARDS患者では、機能的肺容量の低下により呼吸システムの弾性(エラスタンス:Ers)が増大するが、その増大の程度は患者によって異なる。
  • Ersが高い患者は、過剰な肺拡張圧のリスクがあり、神経筋遮断(NMB→筋弛緩薬)による臨床的利益をより多く得る可能性がある。

目的

  • Ersを含む肺損傷のベースラインの生理学的および生物学的バイオマーカーによって、NMBの早期投与が死亡率に与える影響が異なるかを評価する。

方法

  • ROSE試験の二次解析を実施した。
  • ベイジアンロジスティック回帰モデルを用い、NMBの効果が基礎Ers、換気比、および特定のARDS血漿バイオマーカーによってどの程度修飾されるかについて、90日死亡率に関する事後確率を推定した。

論文では、呼吸システムのエラスタンス(Ers)は以下の式を用いて測定。

PPL​(プラトー圧):一回換気量終了時の気道内圧
PEEP(陽圧呼気終末圧):呼気終末時の気道内圧
VT​(Tidal volume):一回換気量
PBW(予測体重):肺の体積変動を考慮するために調整

測定および主要な結果

  • ベースラインのErsが高いほどNMBによる死亡率低下の確率が大幅に増加した(交互作用の事後確率 92%、交互作用オッズ比 0.76、90% 信頼区間(CrI)0.59-0.99)。
  • Ersが2cm H₂O/(mL/kg)以上の患者では、NMBによる利益の事後確率は96%であり、中央値の絶対リスク低下は9%(90% CrI 0.5-17.9%)であった。
  • NMBの効果は換気比によって有意に変化せず(交互作用の事後確率 62%)、また、RAGE、TNFR-1、インターロイキン-6および-8の基礎血漿レベルによっても有意な影響は認められなかった(それぞれの交互作用の事後確率 12%、18%、44%、22%)。

結語

  • これらの結果は、NMBによる死亡率低下の効果が基礎Ersによって異なることを示唆している。
  • Ersが高いことは、ARDSの生理学的フェノタイプの一つを示す可能性がある。
  • この治療反応性が高いと考えられる患者群において、今後の前向き試験による効果の検証が求められる。

まとめ

  • 本研究の結果から、ARDS患者におけるNMBの死亡率低下効果は、呼吸システムのErsによって異なる可能性が示唆されました。
  • 特に、Ersが高い患者ではNMBの有益性が高い可能性がありますね。これにより、ErsはARDSの一つの生理学的表現型として捉えられ、今後の治療標的の候補となるかもしれません。
  • 一方で、本研究ではVRやARDSに関連する血漿バイオマーカー(RAGE、TNFR-1、IL-6、IL-8)とNMBの治療効果の関連は明確には示されませんでした。
  • したがって、NMBの有効性を予測する指標としては、Ersの方が有力である可能性がありますね。

Ersと死亡率

  • Ersが高い患者ではNMBの使用による死亡率低下の確率が増加した(事後確率92%、交互作用オッズ比0.76、90%信頼区間0.59-0.99)。
  • Ersが中央値(2 cm H2O/(mL/kg))以上の患者(n=321)では、NMBによる死亡率低下の事後確率は96%であり、絶対リスク低下(ARR)の中央値は9%(90%信頼区間0.5-17.9%)だった。
  • Ersが中央値未満の患者(<2 cm H2O/(mL/kg))では、NMBの死亡率低下効果の事後確率は55%(ARR中央値0.5%、90%信頼区間-6.7-7.8%)と、効果は明確ではなかった。

換気比(Ventilatory Ratio, VR)と死亡率

  • VRとNMBの交互作用の事後確率は62%と低く、統計的な関連性は明確でなかった(交互作用オッズ比1.11、90%信頼区間0.86-1.42)。
  • 感度分析でも同様の結果が得られた。
  • しかし、本研究は二次解析であり、Ersが高い患者におけるNMBの有効性を確認するためには、前向き研究が必要ですね。
  • ARDSにおけるNMBの役割をより正確に評価するためには、個々の患者の病態に応じた適切な治療戦略の確立が求められるでしょう!

ARDS患者におけるNMBの効果は一律ではない
→ 呼吸システムのErsが高い患者では、NMBによる死亡率低下の可能性が示唆された。

Ersは肺の剛性を示す指標であり、ARDSの重要な生理学的特徴となる可能性
→ Ersが高いと肺の伸展が制限され、過剰な肺内圧がかかるため、NMBによる保護効果が期待できる。

VRやバイオマーカーはNMBの治療効果を予測する指標とはならなかった
→ VR(肺の換気負荷)や炎症バイオマーカー(RAGE、TNFR-1、IL-6、IL-8)とNMBの治療効果に明確な関連は認められなかった。

ARDSの治療におけるNMBの役割は、Ersに基づいて個別化が必要かもしれない
→ Ersの測定が治療戦略を決定する上で有用となる可能性。

NMBが有効な患者層の特定にはさらなる研究が必要
→ 本研究は二次解析であり、前向き研究による検証が不可欠。

ARDS患者への標準的な肺保護換気法は”one-size-fits-all”ではない可能性
→ 個別化換気戦略の重要性が示唆される。

タイトルとURLをコピーしました