日本肺癌学会バイオマーカー委員会編 肺癌患者におけるバイオマーカー検査の手引き. 2. バイオマーカー検査の流れとマルチプレックス遺伝子検査(2024 年 9月改訂版)

- 今日は 非小細胞肺癌(NSCLC) における 分子標的治療と遺伝子検査 について、解説していきます。
- NSCLC にはさまざまなドライバー遺伝子異常が存在し、それを狙った分子標的治療が非常に有効 であることがわかっています。そこで重要になるのが「遺伝子検査」です。
- では、具体的にどんな流れで診断・治療が行われるのか、詳しく見ていきましょう!

はじめに
治療選択におけるドライバー遺伝子検査の重要性
進行・再発NSCLCの患者さんにおいては、原発や転移組織、細胞診やそのセルブロックなどを用いて、初回治療前に以下の検査が推奨されています。
- ドライバー遺伝子異常の有無
- PD-L1の発現状況
この結果をもとに、初回治療や二次治療以降で 適切な分子標的治療薬を選択 することが重要です。
また、最近では 周術期においても、EGFR変異やALK融合遺伝子、PD-L1発現状況 を考慮した 術前・術後補助療法 が検討されるようになりました。
遺伝子検査の進化:単一検査からマルチ遺伝子検査へ
以前は、各遺伝子を 1つずつ検査 する「単一(シングルプレックス)遺伝子検査」が主流でした。しかし、診断すべき遺伝子が増えるにつれ、より効率的な マルチプレックス(マルチ)遺伝子検査 へと移行しています。
🔍 マルチ遺伝子検査のメリット
- 一度の検査で複数の遺伝子異常を同時に解析できる
- 検体(組織や血液)の使用量を最小限に抑えられる
- 診断にかかる時間を短縮できる
現在では、次世代シークエンシング(NGS) を用いた 網羅的な遺伝子パネル検査 も広まりつつあり、より精密な治療戦略の選択が可能になっています。
小括
✅ NSCLCでは、ドライバー遺伝子異常に基づく分子標的治療が主流
✅ 初回治療前の遺伝子検査(ドライバー遺伝子+PD-L1発現)は必須
✅ 周術期治療においても遺伝子情報を考慮する時代に
✅ 単一遺伝子検査からマルチ遺伝子検査(NGSなど)へのシフトが進行中
NSCLCにおけるバイオマーカー検査の流れ
分子標的治療薬とコンパニオン診断薬(CDx)とは?
進行・再発NSCLC では、多くの 分子標的治療薬 が承認されています。ただし、これらの薬を使用するには 「適応となる遺伝子異常があるかどうか?」 を事前に確認する必要があります。
この診断に用いられるのが CDx です。
📌 2024年9月時点 で承認されている分子標的治療薬と、それに対応するCDxは 表1 にまとめられています。

日本肺癌学会バイオマーカー委員会編 肺癌患者におけるバイオマーカー検査の手引き. 2. バイオマーカー検査の流れとマルチプレックス遺伝子検査(2024 年 9月改訂版)より引用
コンパニオン診断の進化
以前は、単一遺伝子検査(1回の検査で1つの遺伝子異常を調べる方法)が主流でした。具体的には以下のような方法が使われていました。
- PCR(Polymerase Chain Reaction)法:特定の遺伝子変異を検出
- IHC(免疫組織化学染色)法:タンパク発現を可視化
- FISH(Fluorescence In Situ Hybridization)法:染色体異常を蛍光で検出
上記の検査は基本的には単一のバイオマーカーしか評価できません。
そのため、診断すべき遺伝子の数が増えたことにより、複数の遺伝子異常を一度に調べられる「マルチCDx」 へと移行しています。
代表的なマルチCDx
2019年以降、日本では NGS や PCR を用いた マルチCDx が登場し、保険適用となっています。
保険収載年 | マルチCDxの名称 | 方法 |
---|---|---|
2019年6月 | オンコマイン Dx Target Test マルチCDx(オンコマイン DxTT) | NGS |
2019年6月 | FoundationOne CDx がんゲノムプロファイル(F1CDx) | NGS |
2021年8月 | FoundationOne Liquid CDx(F1LiquidCDx) | 血液検体(リキッドバイオプシー) |
2022年1月 | AmoyDx 肺癌マルチ遺伝子 PCR パネル(AmoyDx) | PCR |
2023年2月 | 肺がんコンパクトパネルDx マルチコンパニオン診断システム(肺がんコンパクトパネル) | NGS |
これらのCDxは、一度の検査で複数の遺伝子異常を調べられる という大きなメリットがあり、現在の主流となっています。

CDxに対応する遺伝子は今後さらに追加される予定であり、最新の承認状況は定期的にチェックすることが大切 です。
📌 最新情報の確認方法 CDxの最新情報は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページ で確認できます。
👉 「コンパニオン診断薬等の情報」(PMDAサイト)
進行・再発NSCLCにおけるマルチCDxの診断アルゴリズム
- Ⅳ期NSCLC では、治療開始前にすべての対象遺伝子について(なるべく?)優先順位をつけずに診断を行うことが推奨されています。
- 従来は、単一遺伝子検査を組み合わせて診断していたものの、これには以下のデメリットがありました。
- 検体が不足する(何度も検査が必要)
- 費用がかかる
- 診断に時間がかかる
- RETやその他の遺伝子異常では、単一遺伝子検査の方法がない
これらの問題を解決するため、進行・再発NSCLCの初回治療前には、マルチCDxを用いることが強く推奨 されています。
現在の診断アルゴリズムでは、PCR法とNGS法の2つのアプローチ に分けてCDxを実施することが推奨されています。
🔹 診断の流れ
- マルチCDxの実施
- PCR法(AmoyDx) を使用する場合(下記の図を参照)
- NGS法(オンコマイン DxTT、肺がんコンパクトパネル) を使用する場合(下記の図を参照)
- PD-L1のIHC検査を併用
- PD-L1の発現状況も治療方針を決める重要な要素
- 検体が不足している場合
- マルチCDxができない場合は、単一遺伝子検査を考慮



日本肺癌学会バイオマーカー委員会編 肺癌患者におけるバイオマーカー検査の手引き. 2. バイオマーカー検査の流れとマルチプレックス遺伝子検査(2024 年 9月改訂版)より引用
小括
✅ 分子標的治療薬を使用するには、対応するCDxが必須
✅ 進行・再発NSCLCでは、初回治療前にマルチCDx+PD-L1検査を推奨
✅ 適切な検査を行うためには、検体採取の段階から遺伝子診断を考慮する
マルチCDxの特徴
F1CDxとF1LiquidCDxは保険診療上、初回治療前のコンパニオン診断目的にはあまり使用されない ため、ここでは AmoyDx(PCRベース)、オンコマイン DxTT、肺がんコンパクトパネル に焦点を当てて解説していきます(表2を参照)。

日本肺癌学会バイオマーカー委員会編 肺癌患者におけるバイオマーカー検査の手引き. 2. バイオマーカー検査の流れとマルチプレックス遺伝子検査(2024 年 9月改訂版)より引用
マルチCDxを選ぶ際のポイント
それぞれのCDxには特徴があり、対象とする遺伝子や薬剤が異なります。
- AmoyDx(PCRベース):解析する遺伝子数は少ないが、検出感度が高く、検体提出から結果返却までの時間 (Turn-around time: TAT)が短い
- オンコマイン DxTT(NGSベース):より多くの遺伝子を解析可能
- 肺がんコンパクトパネル(NGSベース):特にNSCLCに特化した日本開発の検査。細胞診検体にも対応可能。
詳細については上記の表2や次からの項目を参照してください。
AmoyDx 肺癌マルチ遺伝子 PCR パネルの特徴
🔍 AmoyDxの特徴
- 迅速な結果(TAT約5日)
- 高い感度(LOD:Limit of Detection)
- 検査成功率が高い
- 少ない組織検体でも実施可能
検出できる遺伝子
AmoyDxでは、以下の 11遺伝子・167バリアント を一度に解析できます。
遺伝子 | 検出対象 |
---|---|
DNA解析 | EGFR(エクソン18-21変異)、BRAF(V600E)、HER2(エクソン20変異)、KRAS(コドン12, 13変異) |
RNA解析 | ALK、ROS1、RET、NTRK1/2/3(融合遺伝子)、MET(エクソン14スキッピング) |
🔸 注意点
AmoyDxはHER2変異やNTRK融合の検出が可能 ですが、現在の保険適用では これらのコンパニオン診断薬ではないため、治療薬適応にはオンコマイン DxTTや後述のがんゲノムプロファイリングでの確認が必要 です。同一患者における2回目のCDxに関する保険適用にも注意が必要ですので、担当者にご確認ください。
NGSを用いたマルチCDx
オンコマイン Dx Target Test マルチCDx(オンコマイン DxTT)
🔍 特徴
- DNA解析(46遺伝子)
- RNA解析(21遺伝子)
- CDxとしてEGFR変異(エクソン19欠失、エクソン21 L858R変異)、ALK融合、ROS1融合、BRAF V600E変異を解析
- 2019年10月からT790MやEGFR 遺伝子の稀な変異 (uncommon mutation)、RET融合、HER2変異、METエクソン14スキッピングも追加
🔸 注意点
オンコマインDxTTはKRAS変異やNTRK融合の検出が可能 ですが、現在の保険適用では そのコンパニオン診断薬ではないため、これらの治療薬適応にはAmoyDxや肺がんコンパクトパネル Dx、therascreen® KRAS、がんゲノムプロファイリングなどでの確認が必要 です。同一患者における2回目のCDxに関する保険適用にも注意が必要ですので、担当者にご確認ください。
肺がんコンパクトパネル Dx マルチコンパニオン診断システム
🔍 特徴
- 小単位(モジュール)に分けて解析し、高感度なシーケンスが可能
- 推奨核酸量が10ng以上と比較的少ない
- 細胞診検体の使用も可能
- GM管という専用の核酸保護剤入り検体採取容器を使用
📌 2023年2月には4遺伝子(EGFR、ALK、ROS1、MET)、2024年2月にはBRAF、KRAS、RETが追加で保険適用 され、カバー範囲が広がっています。
肺がんコンパクトパネル DxはHER2変異の検出が可能 ですが、現在の保険適用では HER2変異のコンパニオン診断薬ではないため、治療薬適応にはオンコマイン DxTTやがんゲノムプロファイリングでの確認が必要 です。同一患者における2回目のCDxに関する保険適用にも注意が必要ですので、担当者にご確認ください。
小括
✅ AmoyDx(PCR)は迅速・高感度
✅ 肺癌コンパクトパネルは細胞診検体にも対応可能
✅ NGSベース(オンコマイン DxTT・肺がんコンパクトパネル)は包括的診断向き
がんゲノムプロファイリング(CGP)検査とは?
CGPは、CDxとは異なり、「特定の遺伝子変異の有無を調べる」のではなく、広範囲の遺伝子異常を包括的に解析し、治療選択の参考にする ための検査です。
🔍 ポイント
- CDxは、診断時点から使用可能 だが、CGPは標準治療が終了(または終了見込み)になった時点で実施 する
- ゲノム異常の解釈には専門家の関与が必要(がんゲノム医療中核拠点病院などでエキスパートパネルが実施)
- CGPを受けた患者のうち、実際に治療薬に到達できる割合は約10% で、今後の課題となっている
代表的なCGP検査
保険収載年 | 検査名 | 対象検体 |
---|---|---|
2019年6月 | FoundationOne CDx(F1CDx) | 組織検体 |
2019年6月 | OncoGuide NCC オンコパネル | 組織検体 |
2021年8月 | FoundationOne Liquid CDx(F1LiquidCDx) | 血液検体(ctDNA) |
2023年7月 | Guardant360 CDx | 血液検体(ctDNA) |
2023年8月 | GenMineTOP | 組織 & 血液検体 |
それぞれの検査には 解析可能な遺伝子の範囲や特徴 に違いがあるため、状況に応じた選択が重要になります。
各CGP検査の特徴
FoundationOne CDx(F1CDx)/ FoundationOne Liquid CDx(F1LiquidCDx)
F1CDxは 組織検体 を、F1LiquidCDxは 血液検体(ctDNA) を対象に解析するCGP検査です。
🔍 特徴
- 324遺伝子を網羅的に解析可能
- 遺伝子変異(塩基置換、挿入/欠失、増幅、融合)に加え、MSIやTMBの測定も可能
- F1CDxは一部CDx機能を持ち、分子標的薬の適応判定にも使用
- すべての検体は米国FMI社に送付し、解析が行われる
📌 注意点
- F1LiquidCDxはコピー数変化の解析が不可
- NTRK3融合遺伝子は一部検出できないケースがある
OncoGuide NCC オンコパネル
NCCオンコパネルは、国立がん研究センター(NCC)が開発した ハイブリッドキャプチャーシークエンス法 を用いたCGP検査です。
🔍 特徴
- 124遺伝子の変異(塩基置換、挿入/欠失、増幅)を解析
- 13遺伝子の融合、MSI、TMBの測定が可能
- 正常細胞(血液検体)も同時に解析し、生殖細胞系列変異との区別が可能
- CDx機能は持たず、治療薬適応判定には使用不可
📌 特徴的な点
- まれな遺伝子多型の除外が可能
- 生殖細胞系列変異と体細胞変異を区別できる
Guardant360 CDx
血液検体(ctDNA)を用いるCGP検査 で、手術や生検が難しい患者でも検査可能です。
🔍 特徴
- 74遺伝子を解析
- KRAS G12C、HER2変異に対するCDx機能を持つ
- MSI-Highの検出が可能
📌 注意点
- 組織検体に比べて解析感度が低い場合がある
🔹 GenMineTOP がんゲノムプロファイリング
組織検体 + 血液検体を用いるCGP検査 で、より包括的な解析が可能。
🔍 特徴
- 737遺伝子 + TERTプロモーター領域の変異解析
- TMBスコア、455遺伝子の融合解析、エクソンスキッピング解析も可能
- 正常細胞(血液検体)との比較で、生殖細胞系列変異の特定も可能
📌 活用ポイント
- NSCLCに限らず、固形がん全般の詳細な遺伝子プロファイリングが可能
- 複数の検体(組織・血液)を組み合わせることで、より精密な解析ができる
CGPの課題
- 標準治療が終了しないと保険適用されない
- 早期からの遺伝子プロファイリングが難しい
- 治療薬に結びつく割合が約10%と低い
- 検査結果を活かせる選択肢が限られている
- エキスパートパネルでの検討が必要
- 治療戦略を立てるために専門家の関与が必須
小括
✅ CGPは、特定の遺伝子変異ではなく、包括的な遺伝子異常解析を目的とする
✅ 標準治療が終了(または終了見込み)になった患者が対象
✅ F1CDx、NCCオンコパネル、Guardant360 CDx、GenMineTOPなど複数の選択肢がある
✅ 治療薬に結びつく割合は約10%と低く、今後の課題
まとめ
最後に、臨床で特に意識すべきポイント を振り返りましょう!
- 分子標的治療は長期生存が期待できる治療法であり、適切な診断が不可欠
- 初回治療前の遺伝子検査(ドライバー遺伝子+PD-L1発現)は必須
- 周術期治療においても遺伝子情報を考慮する時代に
- 単一遺伝子検査からマルチ遺伝子検査(NGSなど)へのシフトが進行中
- 分子標的治療薬を使用するには、対応するマルチCDxが必須
- 適切な検査を行うためには、検体採取の段階から遺伝子診断を考慮する
- マルチCDxの特徴を理解し、患者の状況に応じて適切な検査を選択する
- AmoyDx(PCR)は迅速・高感度
- NGSベース(オンコマイン DxTT・肺がんコンパクトパネル)は包括的診断向き
- CGPは、特定の遺伝子変異ではなく、包括的な遺伝子異常解析を目的とする
- 新しい分子標的薬の承認とともに、診断すべき遺伝子も次々に増加しているため、最新の情報を常にアップデートする
今後も 肺癌診療は進化を続ける ため、最新の診断技術と治療法を理解し、最適な医療を提供できるようにしていきましょう!