検査関連肺癌論文紹介

セルブロック――がん診療のバイオマーカー検査における活用

日本肺癌学会バイオマーカー委員会編 肺癌患者におけるバイオマーカー検査の手引き. 3.バイオマーカー検査に用いる検体とその取扱い(2024 年 4 月改訂版)

  • 臨床現場では、大量胸水を伴って受診する患者さんに出会うことがあります。​このような場合、胸水の原因が がん性か感染症か、あるいは他の疾患によるものか を迅速かつ正確に判断することが求められます。​
  • また、肺がんが疑われる患者さんでは、胸水細胞診検査が悪性かどうかの判断に役立つ ことがあります。
  • 一般的に、胸水の原因を特定するために 培養検査や生化学検査、細胞診検査 を行いますが、特に細胞診検査では、セルブロック作製を想定することが重要 なのです。
  • セルブロックを作製するためには、十分な量の胸水を採取する必要があるため、可能な限り多く(数百mL以上)の胸水を確保しておくと良いです。
  • 今回は 悪性腫瘍患者におけるバイオマーカー検査におけるセルブロックの役割や重要性 について掘り下げていきます。
  • 特に、胸水穿刺やドレナージで採取された胸水を、どのように活用するのか について詳しく解説していきます。

バイオマーカー検査の重要性とは?

最近の肺癌診療では、バイオマーカー検査が 治療選択に欠かせないツール になっています。特に進行非小細胞肺癌(NSCLC)では、分子標的治療免疫療法 を適切に選択するために、バイオマーカーの評価が不可欠です。

例えば、EGFR遺伝子変異ALK融合遺伝子 などの異常があれば、それに適した分子標的薬を使用できます。また、PD-L1発現 の評価によって、免疫チェックポイント阻害薬の適応を判断することも可能です。

最近では、遺伝子パネル検査(NGS: Next-Generation Sequencing)によって、多くの遺伝子変異を一度に解析できるようになってきました。

では、これらの検査を行うためにはどのような 検体 が必要なのでしょうか?

バイオマーカー検査に用いる検体

肺癌のバイオマーカー検査に使われる検体は、大きく分けて以下の3種類です。

  1. 組織検体(手術検体、生検検体、FFPEブロックなど)
  2. 細胞検体(気管支擦過細胞、胸水、セルブロックなど)
  3. 血漿検体(リキッドバイオプシー)

特に、細胞検体 の取り扱いは、今後の診療でますます重要になっていきます。その中でも「セルブロック」という技術が注目されています。

セルブロックとは?

細胞検体をFFPEブロック化する技術

セルブロックとは、胸水や気管支擦過細胞などの細胞検体をパラフィン包埋(FFPE)ブロック化して、組織検体と同じように扱えるようにする技術 です。

なぜセルブロックが重要なのか?

肺癌患者では、手術や生検が困難なケース も多く、細胞診検体(胸水や気管支擦過細胞など)しか採取できないことがあります。しかし、これらの細胞検体では、一般的に以下の問題が生じます。

  • 細胞量が少なく、バイオマーカー検査に適さないことがある
  • 細胞の形態評価が困難
  • 長期間の保存が難しい

この問題を解決するのが「セルブロック」です。セルブロックを作製することで、病理診断やNGSに適した検体 を確保しやすくなります。

セルブロックの利点

FFPE組織検体と同じ方法で検査できる
セルブロックを作製すると、FFPE組織検体と同様に 免疫染色(IHC)、FISH(蛍光 in situ ハイブリダイゼーション)、NGSが可能になります。

細胞診検体よりも腫瘍細胞の確認が容易
胸水や細胞診標本では、腫瘍細胞含有割合を評価するのが難しいことがありますが、セルブロックにすることで 腫瘍細胞がまとまって保持される ため、より正確な診断が可能になります。

長期保存が可能
通常の細胞診検体は時間が経つと劣化してしまいますが、セルブロックにするとFFPE標本として長期保存が可能 になります。これにより、再検査や追加検査 にも対応できます。

セルブロックの作製方法

セルブロックを作製する際は、検体の品質を維持するために、採取からホルマリン固定までの処理を適切に行うこと が重要です。

まず、胸水などの細胞検体を採取した後は、できるだけ冷蔵(4℃)保存を行いましょう。これは、細胞の劣化を防ぎ、バイオマーカー検査の精度を確保するためです。特に、長時間の室温放置は避けるようにしましょう。

次に、検体処理(遠心分離・上清の廃棄)を速やかに行い、ホルマリン固定へ進みます。ホルマリン固定には 10%中性緩衝ホルマリン を使用し、6~24時間程度の固定時間 を確保することが推奨されています。

この適切な処理を行うことで、セルブロックの品質を高め、遺伝子検査や免疫染色の精度を向上させることができます。胸水などの細胞検体から有用な情報を得るためには、採取後の取り扱いが鍵となる ことを覚えておきましょう!

セルブロックの作製法にはいくつかの種類がありますが、主に 遠心分離細胞収集法 と 細胞固化法 に分かれます。

  1. 遠心分離細胞収集法
    • 細胞検体を遠心分離して、沈殿した細胞を固定・包埋する方法
    • 遠心管法 が一般的
    • 比較的簡便で、多くの施設で導入可能
  2. 細胞固化法
    • 細胞検体に固化剤を加えて、ブロック化する方法
    • アルギン酸ナトリウム法 などがある
    • 細胞の形態保持に優れるが、技術的にやや手間がかかる

どちらの方法でも、作製したセルブロックは FFPE組織検体と同じように病理診断や遺伝子検査に使用 できます。

セルブロックを活用する場面

以下のようなケースでは、セルブロックを活用することで診断や治療の選択肢を広げることができます。

🩺 胸水や気管支擦過細胞しか採取できない患者
→ セルブロックを作製すれば、FFPE組織と同じように解析可能

🩺 NGSパネル検査を行いたいが、組織検体が不足している
→ セルブロックを活用すれば、遺伝子解析の成功率が向上

🩺 免疫染色やFISH解析が必要な場合
→ セルブロックなら、IHC・FISHが可能

セルブロック免疫染色は、組織型や原発巣推定に役立つ可能性がある

肺がんが疑われるが、細胞診だけでは組織型の特定が難しい場合

肺がんが疑われても、細胞診だけでは腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌などの組織型を確定できないことがあります。
このようなケースでは、免疫染色を行うことで組織型の推定が可能 になり、より正確な診断に結びつきます。

原発巣が不明な悪性胸水のケース

がんによる胸水(悪性胸水)が確認されても、どの臓器が原発なのか分からないことがあります
こうした場合にも、免疫染色を用いることで原発巣の推定が可能 になり、適切な治療方針の決定に役立ちます。

このように、細胞診単独では診断が難しい場合でも、セルブロックを活用すればより詳細な情報を得ることができます。
悪性胸水が疑われるときは、積極的にセルブロックを作製しておくことが重要ですね!

NGSパネル検査に出すことを想定した場合の必要なDNA量と細胞数の目安

NGSパネル検査を行う際には、十分なDNA量を確保すること が非常に重要です。一般的に、NGSパネル検査に必要なDNAの最低量は10ng とされていますが、実際には 使用する遺伝子パネルやNGS機器の種類によって異なります。

では、10ngのDNAを得るにはどれくらいの細胞数が必要なのでしょうか?

1つの細胞からどれくらいのDNAが得られるのか?

DNAの収量は、1つの有核細胞から約6pg(ピコグラム) と見積もられています。
したがって、10ng(ナノグラム)のDNAを得るためには、約2000細胞 が必要になります。

未染色標本上での腫瘍細胞量の目安

DNA量だけでなく、標本上での腫瘍細胞の量も考慮する必要があります。
腫瘍細胞が豊富なエリアが少なくとも60~100㎟程度 含まれていれば、NGSパネル検査に必要なDNA量を確保しやすくなります。


このように、NGSパネル検査を成功させるためには、十分な細胞数を確保することが不可欠です。検体の採取・処理時には、このポイントを意識しておくと良いでしょう!

ということは、胸水を用いてNGSパネル検査に提出したい場合は、できるだけ多くの胸水を採取しておくことが重要ということになります。

まとめ

肺癌診療では、患者ごとに採取できる検体が異なります。組織検体が得られないからといって、遺伝子検査を諦める必要はありません!
細胞検体をセルブロック化すれば、より多くの情報を得ることができ、治療選択の幅を広げることが可能です。

今後、肺癌診療においてバイオマーカー検査の重要性はますます高まっていきます。研修医の皆さんも、セルブロックの概念と活用法を理解して、臨床の場で活かしてくださいね! 💡

タイトルとURLをコピーしました