肺癌論文紹介

EGFR変異陽性非小細胞肺癌患者において、オシメルチニブは心血管イベントを増やるのか?それは生存率と関連するのか?

Cardiac Events and Survival in Patients With EGFR-Mutant Non–Small Cell Lung Cancer Treated With Osimertinib. Chien-Yu Lin, et al. JAMA Netw Open. 2024.

まず最初にまとめからいうと

以下のとおりです。

「オシメルチニブはEGFR遺伝子変異陽性肺がん患者における生存期間延長に貢献する良い薬だが、心血管イベントには注意が必要かも?」

🫁 研究デザイン:
EGFR変異陽性NSCLC患者401名(オシメルチニブ195名、他EGFR-TKI 206名)を対象に、後ろ向きコホート研究で心血管イベント(CTRCEs)と生存期間(OS)への影響を評価。

✅ 結果まとめ:
・CTRCEs発生率:オシメルチニブ群14.9% vs 他EGFR-TKI群4.4%
・未調整HR 3.37(95%CI 1.56-7.26, P=.002)
・競合リスク調整後sHR 4.00(95%CI 1.81-8.85, P<.001)
・低リスク群(リスク因子0〜2項目)でもCTRCEs増 → 調整後sHR 8.78(95%CI 1.65-46.70, P=.01)
・CTRCEs発症で死亡リスク増 → HR 4.02(95%CI 2.44-6.63, P<.001)

🔍 低リスク群の定義:
「糖尿病・高血圧・脂質異常症・冠動脈疾患・慢性腎臓病・心不全・不整脈」のうち、0〜2項目を有する患者。

⚠️ 研究の限界:
・単施設、後ろ向き研究
・心機能評価頻度にばらつき
・イベント数少なく解釈に注意

💡 臨床現場で大切なこと:
オシメルチニブは「生存期間延長に貢献する良薬」。
ただし「低リスク患者も含め、心血管イベントに注意」。
心電図・心エコーなど定期的な心機能チェックを意識。
循環器内科との連携も今後さらに重要に。

  • 肺癌は、今もなお世界中でがん死亡原因の第1位を占める疾患です。
  • 特に非小細胞肺癌(NSCLC)は進行例では5年生存率が10%未満と厳しく、治療成績向上が常に求められてきました。
  • そんな中で、上皮成長因子受容体(EGFR)遺伝子変異陽性例に対する分子標的薬であるEGFRチロシンキナーゼ阻害薬(EGFR-TKI)が登場し、治療の流れは大きく変わりました。
  • 第3世代EGFR-TKIであるオシメルチニブ(商品名:タグリッソ)は、初回治療薬として「FLAURA試験」で、従来の第1世代・第2世代EGFR-TKI(エルロチニブ、ゲフィチニブ)と比較して全生存期間(OS)の延長効果が示され、現在NCCNや本邦のガイドラインで第一選択に位置づけられています。
  • また、T790M変異陽性例に対する2次治療としても、「AURA3試験」を根拠に使用され、さらに術後補助療法としても「ADAURA試験」により無病生存期間(DFS)延長が示されています。
  • 一方で、「FLAURA試験」ではグレード3以上の有害事象が少ないとされていますが、「実臨床では心血管系の副作用が問題になっているのでは?」という指摘も出てきました。
  • 例えば、Changらによる台湾での研究ではEGFR-TKI使用と心血管・脳血管イベントの関連が報告されていますし、オシメルチニブに伴う不整脈や心不全、心筋梗塞などの報告も増えています。1 2 3
  • ただし、「オシメルチニブが本当に他のEGFR-TKIより心血管障害が多いのか」は、まだ明らかになっていませんでした。
  • そこで今回の論文では、「オシメルチニブと他EGFR-TKIで心血管イベント発生率に差はあるのか?」「その心血管障害が生存期間に影響していないか?」を、台湾で行われた後ろ向きコホート研究で検証しています。
  • 「オシメルチニブは効くし副作用も少ない」というイメージで安心していた先生方もいるかもしれませんが、「低リスク患者にも心血管障害の注意が必要かもしれない」という新たな視点が得られる重要な研究です。
  • 普段の診療で「オシメルチニブは心臓もチェックしないといけないのでは?」と考えるきっかけになるかもしれません。

重要性

  • オシメルチニブメシル酸塩は、第1世代および第2世代EGFR-TKIと比較して生存利益が報告されている。
  • しかし、オシメルチニブが他のEGFR-TKIよりもがん治療関連心血管イベント(CTRCEs)を増加させるか、またそれらが生存率にどの程度影響するかは明らかでない。
  • 特にアジア、台湾ではEGFR変異の高頻度があるため、この問題は重要である。

目的

  • オシメルチニブ治療群と他のEGFR-TKI治療群でCTRCEsの発生率および生存率との関連を比較する。

デザイン、設定、参加者

  • 台湾の国立Cheng Kung大学病院で実施された後ろ向きコホート研究。
  • 2019年9月1日〜2022年7月31日にEGFR変異陽性非小細胞肺癌(NSCLC)患者401名を解析。
  • 追跡期間中央値は23.2ヶ月。
  • CTRCEsは新規不整脈、弁膜症(中等度以上)、心筋梗塞、心不全を指し、年齢、性別、喫煙歴、飲酒歴、BMI、心血管合併症、胸部放射線治療、心血管薬を調整後に解析した。

暴露

  • オシメルチニブ

主要評価項目

  • オシメルチニブ群と他EGFR-TKI群でCTRCEs発生率をCox比例ハザードモデルで評価。
  • 死亡がCTRCEs発生率を下げる可能性を考慮し、競合リスク法も併用。
  • CTRCEsとOSとの独立した関連も検討

結果

  • 401名(女性253名[63.1%]、平均69.2歳)、オシメルチニブ群195名(48.6%)、他EGFR-TKI群206名(51.4%)。
  • CTRCEs発生率はオシメルチニブ群で有意に高く(29例[14.9%] vs 9例[4.4%]、HR 3.37、95%CI 1.56-7.26、P=.002)、調整後でも有意に高かった(調整後HR 4.00、95%CI 1.81-8.85、P<.001)。
  • CTRCEsはOSにも独立して関連していた(HR 4.02、95%CI 2.44-6.63、P<.001)。

結語

  • EGFR変異陽性NSCLC患者において、オシメルチニブは他EGFR-TKIよりCTRCEs発生率が高く、CTRCEsは OSとも独立して関連していた。
  • オシメルチニブ使用時には、基礎疾患の有無に関わらず、厳重な心血管モニタリングが必要である。

もう少し詳しく

患者および研究デザイン

  • オシメルチニブ群と、第1世代または第2世代EGFR-TKI(エルロチニブ、ゲフィチニブ、アファチニブ、ダコミチニブ)を使用した群を対象。
  • 年齢、性別、喫煙歴、飲酒歴、BMI、心血管合併症(2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、冠動脈疾患、心不全、慢性腎臓病、不整脈)、胸部放射線治療、心血管薬(ACE阻害薬および/またはARB、β遮断薬、抗血小板薬、抗凝固薬、スタチン、抗不整脈薬)の使用状況を確認。
  • 上記を調整変数として、安定化逆確率重み付け法(stabilized inverse probability of treatment weighting:IPTW)を用いて両群を調整。

研究エンドポイント

主要評価項目は、がん治療関連心血管イベント(cancer therapy–related cardiac events: CTRCEs)であり、新規に発症した以下の心血管イベントを指します。

  • 不整脈(症候性上室性頻拍、心房細動、症候性心室性不整脈〔心室性期外収縮を含む〕、非持続性心室頻拍、心室頻拍、心室細動、房室ブロック)
  • 弁膜症(中等度以上)
  • 心筋梗塞
  • 心不全(左室駆出率[LVEF]がベースラインから10%以上低下、またはLVEF50%未満)

これらは、EGFR-TKI使用開始2カ月以降に発症したものとし、2022年欧州心臓病学会(ESC)心臓腫瘍学ガイドラインの定義に準拠しています。

副次評価項目は、OSです。OSはEGFR-TKI治療開始日からあらゆる原因による死亡までの期間と定義しました。追跡期間の中央値は23.2カ月(四分位範囲15.2〜31.5カ月)であり、最終追跡日は2024年1月31日でした。



CTRCEs発生率:オシメルチニブ群で有意に高い

オシメルチニブ群では29名(14.9%)、他EGFR-TKI群では9名(4.4%)がCTRCEsを発症。
ハザード比(HR)は以下の通りです。

  • 未調整HR:3.37(95%CI 1.56-7.26、P=.002)
  • 競合リスクモデル調整後サブ分布ハザード比(sHR):4.00(95%CI 1.81-8.85、P<.001)

つまり、オシメルチニブ群は他剤群に比べ、約4倍もCTRCEsが起こりやすい結果でした。
累積発生率曲線でも、オシメルチニブ群は時間経過とともにCTRCEsが明らかに多く発生していました。

特に「新規不整脈」と「心不全」の発生が目立っています。


サブグループ解析:低リスク群でもCTRCEsが多い

「心血管疾患やリスク因子のない患者でもCTRCEsが多いのではないか」という疑問に答えるために、患者を以下2群に分けて追加解析を行っています。

  • 低リスク群(心血管リスク因子0〜2項目)
  • 高リスク群(3項目以上)

低リスク群では、オシメルチニブ群でCTRCEs発症率が有意に高く、

  • 調整後sHR:8.78(95%CI 1.65-46.70、P=.01)

と、約9倍に達しています。
つまり、「もともと心血管疾患がないから安心」と思っていた患者でも、オシメルチニブを使うことで心血管障害が顕著に増えているという重要な結果です。

一方で、高リスク群では、オシメルチニブ群でCTRCEsがやや多かったものの、有意差はありませんでした。

  • 調整後sHR:2.33(95%CI 0.65-8.40、P=.20)

ただし、高リスク群でもハザード比は2倍以上なので、検出力不足の可能性も否定できません。


CTRCEs発症とOSの関連:CTRCEs発症で予後悪化

CTRCEsを発症した患者は、そうでない患者に比べ、死亡リスクが明らかに高くなっていました。

  • HR:4.02(95%CI 2.44-6.63、P<.001)

CTRCEsは「単なる副作用」ではなく、「命に関わるイベント」であることが改めて示されています。


ポイントまとめ

  1. オシメルチニブ群でCTRCEs(特に不整脈・心不全)の発生率が4倍に増加。
  2. 「低リスク群(基礎心疾患なし)」でもオシメルチニブ群は9倍リスク上昇。
  3. CTRCEs発症で死亡リスク4倍以上、生存期間に重大な悪影響。

オシメルチニブがなぜ心血管系イベントを起こすのかの考察


本論文では、オシメルチニブ使用群でCTRCEsが有意に多かった原因として、以下の3点が考察されています。

① ERBB2(HER2)阻害による心筋障害
オシメルチニブおよび代謝物AZ5104がHER2を阻害し、心筋細胞保護機能を低下させる可能性があります。HER2阻害薬トラスツズマブで心不全が知られているように、同様の機序が関与していると考えられます。

② イオンチャネル阻害による不整脈・心不全
hERGカリウムチャネル(QT延長)、ナトリウムチャネル(伝導障害)、L型カルシウムチャネル(収縮力低下)を阻害し、不整脈や心不全リスクを高める可能性があります。

③ 長期投与による蓄積的影響
オシメルチニブは初回治療で長期間使用されるため、日常診療では慢性的な心毒性が顕在化しやすい可能性があります。

ただし、いずれも仮説段階であり、「低リスク患者でも発症しやすい理由」など、依然不明な点も多い状況です。


まとめ



  • オシメルチニブは、EGFR変異陽性非小細胞肺癌において、生存期間を延長する非常に優れた薬剤です。
  • しかし、この研究では、オシメルチニブ使用群で不整脈や心不全などの心血管イベント(CTRCEs)の発生率が有意に高く、一度CTRCEsが起こると生存期間も短くなることが示されました。特に、基礎疾患のない「低リスク」の患者でも心血管イベントが多い点は臨床的に重要です。
  • ただし、本研究は台湾の単施設における後ろ向き研究であり、心機能検査の頻度にばらつきがある可能性や、心血管イベント数が少ない点には注意が必要です。
  • オシメルチニブは「非常に良い薬」です。しかし、「低リスク患者でも油断せず、心血管系副作用にも気を配りながら安全に使いこなす」ことが、今後より重要になるかもしれません。

  1. Chang  WT, Lin  HW, Chang  TC, Lin  SH, Li  YH.  Assessment of tyrosine kinase inhibitors and survival and cardiovascular outcomes of patients with non–small cell lung cancer in Taiwan.   JAMA Netw Open. 2023;6(5):e2313824. doi:10.1001/jamanetworkopen.2023.13824 ↩︎
  2. Kunimasa  K, Kamada  R, Oka  T,  et al.  Cardiac adverse events in EGFR-mutated non–small cell lung cancer treated with osimertinib.   JACC CardioOncol. 2020;2(1):1-10. doi:10.1016/j.jaccao.2020.02.003 ↩︎
  3. Kunimasa  K, Oka  T, Hara  S,  et al.  Osimertinib is associated with reversible and dose-independent cancer therapy–related cardiac dysfunction.   Lung Cancer. 2021;153:186-192. doi:10.1016/j.lungcan.2020.10.021 ↩︎
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