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論文紹介集中治療

急性脳損傷 × 人工呼吸:低換気量で死亡率が下がる?国際研究で見えた“脳と肺”のバランス


久しぶりに集中治療領域の論文を読みました。
今回ご紹介するのは、「急性脳損傷(ABI)患者における人工呼吸の換気量設定」についての注目研究です。
肺にやさしい“低一回換気量換気(LTVV)”は広く知られていますが、「脳にやさしいかどうか?」は今も議論が分かれるところ。
本研究は、18か国・73施設のABI患者1510人を対象に、LTVVがICU死亡率を下げるかどうかを解析したものです。

尚、この研究は、「Extubation in neurocritical care patients: the ENIO international prospective study」という、神経集中治療患者を対象に、抜管の成功・失敗に関連する因子を明らかにし、抜管成功を予測するスコアを開発・検証することを目的とした、多国籍・前向き観察研究(NCT03400904)の二次解析です。

Julian F. Daza et al. Low tidal volume ventilation and mortality in patients with acute brain injury: a secondary analysis of an international observational study. CHEST, 2025.

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はじめに

人工呼吸を管理する際、「低一回換気量(LTVV: Low Tidal Volume Ventilation ※1回換気量を予測体重あたり4~8 mL/kgに設定)」はARDSの患者さんでの標準的な治療法になっています。簡単に言えば、肺にやさしい呼吸法ですね。

急性呼吸窮迫症候群(ARDS)患者に対するLTVVは人工呼吸器誘発性肺損傷(VILI)を最小限に抑えることにより、罹患率と死亡率を低下させます。

ARDSではない患者でも、LTVVは様々な合併症を減らすことが報告されています。

ところが、脳に損傷(ABI: acute brain injury)がある患者さんでは、この戦略を使うかどうか、迷うところです。

理由は、LTVVによってCO₂(二酸化炭素)が溜まりやすくなり、脳圧が上昇するリスクがあるとされているからです。

今までは、「LTVVがABIの患者さんで安全か?効果があるのか?」を調べた質の高い研究は少なく、意見もバラバラでした。

この研究では、ABI患者にLTVVを使った場合、ICUでの死亡率にどう影響するのか?を、18か国・73施設・1,510人分の国際データを使って統計的にしっかり分析した、というわけです。

背景

LTVVは重症患者の転帰を改善するとされているが、ABI患者における影響は不明確である。

目的

ABI患者におけるLTVVと死亡率との関連を調査すること。

方法

前向き観察研究(NCT03400904)の二次解析である。

人工呼吸開始後7日間にわたって、

  • LTVV(≦8 mL/kg予測体重)と
  • >8 mL/kgの換気量の群

を比較した。

低い閾値(6~7.5 mL/kg)による代替解析も行った。

時間依存性交絡因子を考慮したマージナル構造Coxモデルを用いて、60日以内のICU死亡率との関連を評価した。

結果

18か国73施設から1,510例を解析対象とした。

平均年齢は52歳で、最多のABI原因は外傷性脳損傷(48.1%)であった。

ARDSを発症したのは9.2%。

LTVVを受けた患者のICU死亡率は40.2%(95% CI: 19.2%-61.1%)、
対して>8 mL/kg群では59.7%(95% CI: 44.0%-75.4%)であった。
(マージナルハザード比:0.54、95% CI: 0.33-0.88)

サブグループ解析や感度解析でも一貫した結果が得られたが、より低いVT閾値では関連が明確でなかった。

結語

本研究は非ARDSが大半のABI患者において、LTVVが60日以内のICU死亡率の低下と関連していることを示した。

今後はARDS合併例やより低いVT、神経学的予後、合併症への影響を含む追加研究が必要である。


勉強したいと思います!!

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なにがわかったか?(呼吸器内科目線)

  • 対象:ABIで人工呼吸を受けた1,510人
  • 方法:最初の7日間に使った一回換気量(VT)が8mL/kg以下かどうかで比較
  • 結果:
    • LTVV群のICU死亡率:40.2%
    • VT >8 mL/kg群のICU死亡率:59.7%
    • 死亡率はLTVVの方が明らかに低い(HR 0.54, 95% CI 0.33–0.88)

🧾 補足ポイント:

  • ARDSを発症した患者さんは打ち切り扱いになっています。これは、ARDSを発症すると治療戦略上VT >8 mL/kg群にならないようにコントロールされる可能性が高いからですね。
  • CO₂や酸素化、換気圧などの指標は2群間で大差なし。
  • サブグループ(年齢、GCS、PaO₂/FiO₂比)での解析でも傾向は一致.
  • 神経学的予後は研究の範囲外・・・・

つまりどういうことか?

ABI患者において、LTVV(≦8 mL/kg予測体重)はICUでの死亡率を低下させる可能性があることが、本研究から示唆されました。

ただし、慎重な解釈も必要です。

先行のPROLABI試験では、6 mL/kg PBWのLTVVを用いた群で、ABI患者の短期的および長期的な転帰、さらに6カ月後の神経学的予後が悪化したと報告されています。

この研究と比較すると、換気量の設定(6 vs 8 mL/kg)、LTVVの定義、対象となる患者背景などに違いがあり、それぞれの結果を単純に比較することはできません。

したがって、「どちらの戦略が正しいか」を断定するのは難しいですが、極端な低換気量(特に6 mL/kg未満)については慎重な適応が必要であるというメッセージも含まれていると言えるでしょう。

そのため、多面的に比較検討したうえで、この論文の臨床的意義を評価するのが望ましいでしょう。

解釈に注意が必要なところ

頭蓋内圧(ICP)のデータが直接的に記録されていない
→ 脳圧のリスクについては「推測」ベース。高ICP患者にどう影響したかは不明。

死亡以外のアウトカム、たとえば神経学的予後や機能的回復といった指標は本研究では評価されていません。
→これは特に脳神経内科や脳神経外科の立場から見ると非常に重要なポイントであり、「救命されたその先」の質をどう評価するかは、今後の研究課題として残されていると言えるでしょう。



今日からの診療にどう活かす?

この研究の最大の意義は、「ABIでもLTVVは死亡率を低下させるかもしれない」というエビデンスが得られたことです。

現場では、「CO₂が上がるとICPも上がる!」という理由で高換気量に設定されがちですが、人工呼吸器誘発性肺損傷(VILI)のリスクとのバランスを再考すべき時期に来ているのかもしれません。

たとえば:

  • ICPが安定していてCO₂も管理可能なら、LTVVに切り替えてみる選択肢も。
  • 肺合併症リスクが高い場合→ 最初からLTVVで開始することが、肺障害を防ぐ可能性があります。

ただし、この研究では神経学的予後についての評価は行われていないため、たとえ死亡率が下がったとしても、その後の神経機能が著しく損なわれていたとすれば、臨床的な意義は限定的かもしれません。

「生き延びたけれど、重度の後遺症が残った」という結果であれば、患者や家族のQOLには大きな影響がありますよね。
今後の研究では、神経学的な転帰や生活機能も含めた多面的な評価が求められます。

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