間質性肺疾患論文紹介

抗MDA5陽性皮膚筋炎に伴う間質性肺疾患に対するトファシチニブとカルシニューリン阻害剤の有効性および安全性:多施設コホート研究(Eur Respir J. 2025)

Effectiveness and safety of tofacitinib versus calcineurin inhibitor in interstitial lung disease secondary to anti-MDA5-positive dermatomyositis: a multi-centre cohort study. Eur Respir J. 2025 Jan 30:2401488. doi: 10.1183/13993003.01488-2024.

まず最初に結論からいうと

以下のとおりです。

  • 本研究は観察試験であり、治療群はランダム化されていない。交絡因子を考慮するために、傾向スコアに基づく逆確率重み付け(IPTW)を用いた解析であることが前提。
  • TOFはMDA5+DM-ILDの生存率を改善する可能性がある
  • 60歳未満、RPILDを伴わない、PaO₂/FiO₂ ≥ 300mmHgの患者でより有効かも。
  • 重篤な感染症のリスクはCNIと同程度
  • 抗MDA5(メラノーマ分化関連遺伝子5)陽性皮膚筋炎(MDA5+DM)は、皮膚筋炎のサブグループの一つであり、自己抗体である抗MDA5抗体が病態に関与します。
  • この疾患は、間質性肺疾患(ILD)を合併することが多く、特に急速進行性間質性肺疾患(RPILD)を発症した場合、予後が不良であることが知られています。
  • 抗MDA5抗体陽性のDMに伴うILD(MDA5+DM-ILD)の治療には、高用量グルココルチコイド+カルシニューリン阻害剤(CNI)の2剤併用あるいは、さらにシクロホスファミドを加えた3剤併用が用いられています。
  • しかし、その治療成績には限界があり、重症例においては、3剤併用療法をもってしても救命できないケースがあります。
  • ちなみに、これらの治療法を前向きに検証したランダム化比較試験はありません。単アーム試験、または観察研究から得られた知見に基づいた治療であり、エビデンスレベルは高くありません。

2023年 アメリカリウマチ学会/アメリカ胸部学会による自己免疫性リウマチ疾患に伴う間質性肺疾患の治療ガイドライン(Arthritis Rheumatol. 2024.)にてこの領域の治療が触れられています。

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  • 最近、JAK-STATシグナル経路を阻害するトファシチニブ(TOF)が、MDA5+DM-ILDに対して有望な治療法として注目されています。
  • TOFは、サイトカインシグナルの伝達を抑制することで、過剰な炎症応答を抑える作用を持ちます。これまでの小規模研究では、TOFが生存率向上に寄与する可能性が示されていますが、大規模な比較データは不足していました。
  • 本研究では、新規診断されたMDA5+DM-ILD患者において、TOFとCNIの初回治療としての有効性と安全性を比較することを目的としました。
  • 尚、観察試験であるため、ランダム化されて各治療群に割り付けられたわけではありません。そのため、交絡因子を考慮するために、傾向スコアに基づく逆確率重み付け(IPTW)を用いて解析が行われました。その点に注意してこの論文を読んでみましょう。

研究の背景と目的

  • 抗MDA5陽性皮膚筋炎に伴う間質性肺疾患(MDA5+DM-ILD)に対する初回免疫抑制療法として、トファシチニブ(TOF)とカルシニューリン阻害剤(CNI)の有効性および安全性を比較することを目的とする。

方法

  • 2014年4月から2023年1月までの間に、中国の5つの三次医療機関で新たに診断された成人MDA5+DM-ILD患者(間質性肺疾患の罹患期間 <3か月)を対象に、後ろ向きコホート研究を実施した。
  • 主要評価項目は、1年間の肺移植非施行生存率とした。
  • 本研究では、傾向スコアに基づく逆確率重み付け(IPTW)を適用し、調整を行った。

主な結果

  • 対象となったコホートにおいて、TOF群(n=290)およびCNI群(n=225)では、それぞれ94例(32.4%)および105例(46.7%)が1年以内に死亡または肺移植が施行された。
  • IPTWによる調整後、TOF群の1年間の肺移植のない生存率はCNI群に比べて有意に高かった(ログランク検定 p=0.013)。
  • IPTWデータセットにおける多変量Cox解析では、1年生存に対するTOFのCNIに対するハザード比は0.72(95% CI, 0.56–0.94, p=0.013)であった。
  • 生存率の調整後の差は9.3%(95% CI, 2.8%–15.8%)であった。
  • 感度分析においても、代替解析手法により一貫した結果が得られた。
  • 60歳未満、急速進行性間質性肺疾患(RPILD)を有さない、またはベースラインPaO₂/FiO₂が300 mmHg以上の患者では、TOFの恩恵をより受ける可能性が示唆された。
  • 治療関連の重篤な有害事象として日和見感染が主要な問題であったが、TOF群とCNI群でその発生率は概ね同等であった(42.4% vs 45.3%)。

結論

本多施設コホート研究において、MDA5+DM-ILD患者の1年間の肺移植非施行生存率に関して、トファシチニブはカルシニューリン阻害剤と比較して有意に高い利益を示した。

繰り返しになりますが、この研究は観察試験であるため、ランダム化されて各治療群に割り付けられたわけではありません。そのため、交絡因子を考慮するために、傾向スコアに基づく逆確率重み付け(IPTW)を用いて解析が行われました。以下にその説明を致します。

患者の治療選択は、年齢、病気の重症度、呼吸機能、炎症マーカー などの多くの要因に影響を受けます。たとえば、高齢で重症な患者はCNIを選択しやすい可能性があるため、単純な比較ではTOFの効果を正しく評価できません。そこで、本研究では「傾向スコアに基づく逆確率重み付け(IPTW)」という手法を用いました。

IPTWとは?
IPTW(Inverse Probability of Treatment Weighting)は、各患者がTOFまたはCNIを受ける確率(傾向スコア)を計算し、その確率に基づいて統計的に均衡なグループを作成する手法です。

  • TOFを受けた患者には「1/(傾向スコア)」の重みを付与
  • CNIを受けた患者には「1/(1-傾向スコア)」の重みを付与

このようにして、治療を受ける確率が同じような患者を統計的に調整し、ランダム化比較試験(RCT)に近い環境を再現しました。

調整に使われた15の交絡因子
傾向スコアの算出には、以下の15の因子が考慮されました。
✅ 年齢
✅ 性別
✅ 急速進行性ILDの有無
✅ 肺機能(FVC % predicted)
✅ 酸素飽和度(PaO₂/FiO₂ 比)
✅ 自然気胸・縦隔気腫の合併
✅ 血清フェリチン(炎症マーカー)
✅ 乳酸脱水素酵素(LDH)
✅ 末梢リンパ球数
✅ CRP上昇の有無
✅ 最大メチルプレドニゾロン(MP)投与量
✅ 他の免疫抑制剤の併用
✅ ILDの罹病期間
✅ 事前の治療歴
✅ 患者登録時期(2020年以前または以降)

つまり、統計学的に、これらの数値がTOF群とCNI群で同じ数値になるようにランダム化が模倣された状態で両群の生存率が比較されたわけです。

この調整後のデータを用いて解析した結果、TOF群の1年間の生存率はCNI群よりも有意に高い ことが示されました。

  • TOFは1年間の死亡リスクを28%低下(ハザード比 0.72, p=0.013)
  • 肺移植なしで1年生存する確率はTOFの方が9.3%高い
  • 肺機能(FVC)の改善、ステロイド用量の低減がTOF群で確認された
  • 重篤な感染症の発生率はTOFとCNIで同程度(42.4% vs. 45.3%)

また、サブグループ解析では、特に60歳未満の患者、急速進行性ILDを伴わない患者、PaO₂/FiO₂が300mmHg以上の患者において、TOFがより高い有効性を示しました。

文献より引用

  • 本研究では、MDA5+DM-ILD患者において、TOFがCNIよりも生存率を改善する可能性が示されました。特に、I型インターフェロン(IFN-I)経路の過剰活性化がMDA5+DMの病態に深く関与し、JAK阻害剤であるTOFがこの異常なシグナル伝達を抑制することで、有効な治療となる可能性が示唆されています。

重要ポイント
TOFはMDA5+DM-ILDの生存率を改善する可能性がある
60歳未満、RPILDを伴わない、PaO₂/FiO₂ ≥ 300mmHgの患者でより有効かも。
重篤な感染症のリスクはCNIと同程度

  • 一方で、このサブグループ解析の結果を逆に捉えると、高齢者やRPILD、呼吸機能や酸素化が低下している症例ではTOFの効果が限定的である可能性が示唆されます。そのため、より重症な症例に対しても有効性を発揮できる治療法の開発が求められるかもしれません。
  • また、本研究ではMDA5抗体の確認にEuroimmun社製のEuroline Autoimmune Inflammatory Myopathies 16 Ag(IgG) を使用しています。しかし、抗MDA5抗体陽性のゴールドスタンダードは免疫沈降法であり、それ以外の方法では特異性の問題が指摘されることがあります。このため、本研究でMDA5抗体陽性と判定された症例の中には、真の陽性例でない症例が含まれている可能性も否定できません。なお、本邦ではMBL社のMESACUP™ anti-MDA5テストが流通しており、これは免疫沈降法と遜色ない結果を示しているため、より信頼性の高い測定法と考えられます。
  • さらに、TOFは今のところ本邦では関節リウマチには保険適用になっているものの、皮膚筋炎に対する保険適用がないことに注意が必要です。
  • 今後、TOFの有効性を確認する質の高いランダム化比較試験や長期的な安全性を評価する研究が必要ですね。

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