間質性肺疾患肺癌論文紹介

特発性肺線維症におけるピルフェニドンと肺癌発症リスク:a nationwide population-based study(Yoon HY, et al. Eur Respir J. 2024)

Pirfenidone and risk of lung cancer development in IPF: a nationwide population-based study.

  • 特発性肺線維症(IPF)患者さんの肺がん発症リスクは高く、一般集団と比較して最大6倍になり、肺癌の有病率も3.7~31.3%と幅広く報告されています。1
  • これは高齢や男性、喫煙、環境要因など、IPFと肺がんとの間に共通の発症リスク因子があるからだと考えられています。
  • IPF患者さんに発症した肺がんを治療することには困難が伴うことがあります。というのも、手術や放射線治療、化学療法などにより呼吸機能が低下したり、IPFの急性増悪が起こるリスクがあるからです。2 3
  • そのせいもあって、IPF単独の患者さんに比べて、IPFと肺がんの両方を持っている患者さんの予後は悪くなりがちです。4
  • 具体的には、IPFと肺がんの両方を持つ患者さんの生存期間の中央値が35~38か月で、IPFだけの患者さんは55~63か月とされており、5年生存率もそれぞれ14.5%と30.1%というデータがあります。5 6
  • ピルフェニドンはご存じのように、IPF治療に用いられる抗線維化薬であり、呼吸機能低下を遅らせる効果が示されています。
  • 抗線維化薬が、IPF患者における肺がん発症を予防する可能性についても注目されています。
    1. 国立病院機構 茨城東病院からの研究では、ピルフェニドンを使用したIPF患者の肺がん発症率が非使用患者に比べて有意に低かったと報告されています(多変量Cox比例ハザードモデル解析:ハザード比 0.11、95%信頼区間 0.03~0.46、P = 0.003)。7
    2. 浜松医科大学からの報告でも、抗線維化療法を受けたIPF患者(ピルフェニドンまたはニンテダニブ)は、治療を受けなかった患者よりも肺がん発症率(1.07 vs. 4.53件/100人年)が有意に低かったという結果があります。8
  • ただし、これらの研究はサンプルサイズや肺がん発症イベントの数が限られている点が課題です。
  • この論文では、韓国の大規模な全国保険請求データを用いて、ピルフェニドンと肺がん発症との関連性を調査し、その結果を臨床コホートを使用して検証しています。
    開発コホートと検証コホート

というわけで、この論文を勉強してみました。

多変量Cox比例ハザードモデル解析については<こちらの記事>で解説しています。

開発コホートと検証コホートについては、<こちらの記事>で解説しています。

背景

特発性肺線維症(IPF)は肺癌の高リスク因子であるが、ピルフェニドンが肺がんの発症に及ぼす影響は依然として不明である。

目的

本研究では、IPF患者におけるピルフェニドンの使用と肺がん発症との関連を調査した。

方法

  • 国内の保険請求データベースから10,084名のIPF患者を対象とした。
  • 治療加重逆確率法(IPTW)を用いた傾向スコア分析およびランドマーク分析により、ピルフェニドン使用の有無による肺がん発症率を評価した。→IPTWについては、<こちらの記事>で解説しています。
  • この関連性は、臨床および社会経済的要因を調整したコックス回帰モデルを用いて解析した。
  • また、941名の単一施設IPF臨床コホートを用いて結果の検証を行った。

結果

  • 平均年齢は69.4歳、73.8%が男性、31.6%がピルフェニドンを使用していた。
  • 追跡期間の中央値3年間で、IPF患者の766名(7.6%; 21.9件/1,000人年)が肺がんを発症した。
  • IPTW後の解析では、ピルフェニドン群は非使用群に比べて発症率が低かった(10.4件 vs 27.9件/1,000人年)
  • IPF診断6か月後のランドマーク分析でも、ピルフェニドン群は非使用群より肺がん発症率が低かった。
  • ピルフェニドン使用は、肺がんリスクの低下と独立して関連していた(加重調整ハザード比[HR]: 0.347; 95%信頼区間[CI]: 0.258–0.466)。
  • 臨床コホートでも同様の関連が確認された(加重調整HR: 0.716; 95% CI: 0.517–0.991)。
  • この関連は、年齢や性別によるサブグループにおいても一貫していた。

結論

ピルフェニドンの使用は、IPF患者における肺がんリスクの低下と関連している可能性がある。

  • この研究では、国立病院機構 茨城東病院や浜松医科大学からの報告と一致して、ピルフェニドン治療と肺癌発症リスク低下と関連する可能性が示されました。
  • 一見すると非常に有望な結果に思えますが、研究方法をみると、私の目からは「不滅の時間バイアス(Immortal Time Bias)」という問題があるように思いました。
  • このバイアスには誤分類による不滅の時間(Immortal time bias from misclassification)と排除のよる不滅の時間(Immortal time bias from exclusion)が知られています。
  • これは、観察研究で特定の期間や条件を理由に一部の時間を誤分類したり、解析対象から排除することにより生じるバイアスです。
  • 後者の排除された期間は、解析対象から外れるため、その間に発生するリスクが評価されず、結果として特定の群が有利な結果を示す可能性があります。
  • 文中では不滅の時間に対応してあるように記載されていますが、排除による不滅の時間には対応できていないのではないかと思います。

排除による不滅の時間のメカニズム

今回の研究では、以下のような方法で患者を分類しています:

  • ピルフェニドン非使用群:IPF診断日を観察のスタート日とする。
  • ピルフェニドン使用群:最初にピルフェニドンを処方された日を観察のスタート日とする。

このバイアスが発生する典型的な状況は以下の通りです:

  1. 治療群の観察開始が治療の開始時点に設定される
    治療群の観察開始を治療開始日(ピルフェニドンの初回処方日)に設定すると、IPF診断日から治療開始日までの期間が解析から除外されます。
    この期間はピルフェニドンを使用していない、つまり非治療の状態で肺がんを発症していないことが確定している時間です。
    本来、この期間は非治療であっても肺がんが発症しないデータとして考慮されるべきですが、これを解析から除外することで、非治療群の肺がんリスクが相対的に高く見える、つまり非治療群に不利で、治療群に有利な解析結果を生じさせる可能性があります。
  2. 非治療群の観察開始が早い
    非治療群の観察開始日が診断日などの早い時点に設定されると、非治療群ではすべての期間が解析対象となります。一方、治療群は治療開始が観察開始日になり、時間が切り取られています。
    つまり、治療群よりもリスクにさらされる時間が長くなる可能性があり、その分だけ不利になる可能性があります。

これにより、治療群ではリスクの評価対象期間が短縮され、非治療群に比べてリスクが低いように見える可能性があります。つまり、治療の効果がが過大評価される可能性があります。

このバイアスを避けるためには、観察開始日が治療割付以外同じ条件になるようなデザイン(ランダム化比較試験など)にするか、時間依存性解析などの工夫が必要ですが、また別の記事で説明したいと思います。

したがって、ピルフェニドンが肺癌の発症率を低下させるかどうかは前向き研究が必要なのではないかと思いますね。

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  1. Brown SW, Dobelle M, Padilla M, Agovino M, Wisnivesky JP, Hashim D, Boffetta P. Idiopathic Pulmonary Fibrosis and Lung Cancer. A Systematic Review and Meta-analysis. Annals of the American Thoracic Society 2019; 16: 1041-1051. ↩︎
  2. Leng D, Yi J, Xiang M, Zhao H, Zhang Y. Identification of common signatures in idiopathic
    pulmonary fibrosis and lung cancer using gene expression modeling. BMC Cancer 2020; 20: 986. ↩︎
  3. Watanabe A, Kawaharada N, Higami T. Postoperative Acute Exacerbation of IPF after Lung
    Resection for Primary Lung Cancer. Pulm Med 2011; 2011: 960316. ↩︎
  4. Ballester B, Milara J, Cortijo J. Idiopathic Pulmonary Fibrosis and Lung Cancer: Mechanisms
    and Molecular Targets. Int J Mol Sci 2019; 20. ↩︎
  5. Kim HC, Lee S, Song JW. Impact of idiopathic pulmonary fibrosis on clinical outcomes of
    lung cancer patients. Sci Rep 2021; 11: 8312. ↩︎
  6. Mohamed S, Bayoumi H, El-Aziz NA, Mousa E, Gamal Y. Prevalence, risk factors, and impact
    of lung Cancer on outcomes of idiopathic pulmonary fibrosis: a study from the Middle East. Multidiscip
    Respir Med 2018; 13: 37. ↩︎
  7. Miura Y, Saito T, Tanaka T, et al. Reduced incidence of lung cancer in patients with idiopathic
    pulmonary fibrosis treated with pirfenidone. Respir Investig 2018; 56: 72-79. ↩︎
  8. Naoi H, Suzuki Y, Mori K, et al. Impact of antifibrotic therapy on lung cancer development in
    idiopathic pulmonary fibrosis. Thorax 2022; 77: 727-730. ↩︎
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