2024 Focused Update: Guidelines on Use of Corticosteroids in Sepsis, Acute Respiratory Distress Syndrome, and Community-Acquired Pneumonia.
ARDSに対するステロイド治療の知識:呼吸器内科医が押さえるべきポイント
- ARDS(急性呼吸窮迫症候群)は、呼吸器内科医が遭遇する重篤な症候群の一つです。
- 本記事では、2024年版のガイドラインに基づき、ARDSに対するステロイド治療の有効性とリスクについて勉強してみました。
- このガイドライン全体の概要については別の記事でまとめていますので、<そちら>をご覧いただければ全体像が掴みやすくなると思います。
- まずARDSについて簡単におさらいですが、よくご存じであればARDSに対するステロイド治療の項目まで飛ばしてください。
ARDSとは?
何らかの原因によって引き起こされた二次性の病態であり、急性の両側肺の浸潤影を特徴とし、しばしば重篤で予後不良な症候群です。
2012年に策定された「ベルリン定義」1 2 を基盤に、2023年に「グローバル基準」が提案されました。3
この基準は、診断の柔軟性を高め、資源制約環境や非侵襲的治療を受ける患者にも対応できるよう改良されています。
2012年「ベルリン定義」
以下の条件を満たすことでARDSが診断されます。
診断要件 | 具体的基準 |
---|---|
急性発症 | 呼吸不全が1週間以内に急性発症または症状が悪化。 |
画像診断 | 胸部X線またはCTで両側肺にびまん性の浸潤影(心不全、体液過剰、局所病変では説明できない)。 |
非心原性肺水腫 | 心不全や体液過剰が主原因でない(臨床評価、超音波、右心カテーテルで確認)。 |
PaO₂/FiO₂ | PEEP ≥5 cmH₂Oで以下の基準を満たす: |
– 軽症 | 200 < PaO₂/FiO₂ ≤ 300 mmHg |
– 中等症 | 100 < PaO₂/FiO₂ ≤ 200 mmHg |
– 重症 | PaO₂/FiO₂ ≤ 100 mmHg |
2023年「新しいグローバル基準」
ベルリン定義を基盤に、以下の追加・修正が行われました。
新しい診断基準のポイント
- 画像診断の柔軟化
- 資源が限られた地域では、胸部X線やCTに加え、超音波を診断手段として追加。
- 気管挿管を伴わないARDS(Nonintubated ARDS)
- HFO(高流量酸素療法、30 L/分以上)またはPEEP ≥5 cmH₂Oの非侵襲的換気療法での酸素補助を受けている場合に以下を満たすとARDS:
- PaO₂/FiO₂ < 300 mmHg
- SpO₂/FiO₂ < 315(SpO₂ < 97%の場合)。
- HFO(高流量酸素療法、30 L/分以上)またはPEEP ≥5 cmH₂Oの非侵襲的換気療法での酸素補助を受けている場合に以下を満たすとARDS:
- 気管挿管を伴うARDS(Intubated ARDS)
- PEEP ≥5 cmH₂Oで以下の酸素化基準を満たすとARDS:
- 軽症: PaO₂/FiO₂ = 200 ~ 300 mmHg、またはSpO₂/FiO₂ = 235 ~ 315
- 中等症: PaO₂/FiO₂ = 100 ~ 200 mmHg、またはSpO₂/FiO₂ = 148 ~ 235
- 重症: PaO₂/FiO₂ ≤ 100 mmHg、またはSpO₂/FiO₂ ≤ 148。
- PEEP ≥5 cmH₂Oで以下の酸素化基準を満たすとARDS:
- 資源制約環境での診断基準
- PEEPや酸素流量、特定の呼吸補助装置を不要とし、以下を基準とする:
- SpO₂/FiO₂ < 315(SpO₂ < 97%の場合)。
- PEEPや酸素流量、特定の呼吸補助装置を不要とし、以下を基準とする:
ARDSの原因
- 直接性:肺への直接の損傷 例:肺炎、誤嚥、肺挫傷、吸入毒素
- 間接性:全身性疾患による影響 例:敗血症、外傷、大量輸血、膵炎、ショック、侵襲度の高い外科手術、薬物中毒
ARDSの治療・管理(詳細はARDS診療ガイドライン2021参照)4
- ARDSの原因疾患に対する治療:上記の原因病態の治療を行うこと。
- 人工呼吸管理
- 低換気(Low tidal volume:4~8 mL/kg理想体重)が推奨。
- PEEP(陽圧終末呼気圧)を適切に調整し、酸素化を維持。
- 体位管理
- 腹臥位は、特に重症例で酸素化を改善する効果が確認されています。
- その他
- ECMO(体外式膜型人工肺):重症で従来の治療に反応しない場合に適応。
ARDSに対するステロイド治療
以下、前回の「その①概要編 2024 Focused Update:敗血症、ARDS、市中肺炎におけるコルチコステロイド使用ガイドライン」からARDSの部分を引用しています。
疾患カテゴリー | 推奨事項(2024年) | 推奨の強さとエビデンスの質 | 2017年の推奨事項 |
---|---|---|---|
ARDS | 2A. 成人入院患者のARDSにコルチコステロイド投与を「提案」する | 条件付き推奨、エビデンスの確実性:中 | 発症14日以内でPao2/Fio2比が200未満の中等度〜重度ARDS患者への使用を提案していた(条件付き推奨、エビデンスの質:中)。 |
備考:小児患者における敗血症および敗血症性ショック、急性呼吸窮迫症候群、市中感染性肺炎へのコルチコステロイド使用については、推奨事項は示されていません。<この文献の表3を引用改変>
病態 | 薬剤名 | 投与量 | 投与期間 | 備考 |
---|---|---|---|---|
ARDS | Dex | 初期ARDS(発症24時間以内): 20 mg/日 IV(5日間) その後10 mg/日 IV(5日間) | 最大10日間 | 他の選択肢としてmPSLも使用可(詳細は別記事で解説)。 |
mPSL | 初期ARDS(発症72時間以内): 1 mg/kg IVをボーラス投与、その後持続注入で以下のスケジュールを実施 1~14日目:1 mg/kg/日 15~21日目:0.5 mg/kg/日 22~25日目:0.25 mg/kg/日 26~28日目:0.125 mg/kg/日 | 最大28日間 | Extubation(抜管)のタイミングに応じて調整される場合があります。 | |
mPSL | Unresolving ARDS(7~21日目): 2 mg/kg IVをボーラス投与、その後分割投与で以下を実施 1~14日目:2 mg/kg/日 15~21日目:1 mg/kg/日 22~28日目:0.5 mg/kg/日 29~30日目:0.25 mg/kg/日 31~32日目:0.125 mg/kg/日 | 最大32日間 | 抜管が早期に行われた場合には、レジメンを短縮して調整。 |
HC: ヒドロコルチゾン、Dex: デキサメサゾン、mPSL: メチルプレドニゾロン <この文献の表4を引用改変>
- 2017年のガイドラインでは、中等度から重度のARDSにおいて、診断から14日以内にメチルプレドニゾロン1 mg/kg/日の投与を推奨していました。この時点では、特定の条件下で特定のステロイド製剤を使うべきだというニュアンスが強かったのです。
- しかし、2024年のガイドラインでは、タイミングや投与方法(間欠投与または持続投与)については厳密な制限を設けていません。
また、投与するステロイド製剤の種類についても、患者の病態に応じて柔軟に選択できるようになりました。 - 2024年版のガイドラインでは、“Pao2/Fio2比に基づく条件” が削除されました。
つまり、重症度に関係なくステロイドの使用を検討できるという立場に広がったんです。 - 治療期間についても柔軟性が高まっています。治療期間の目安は7~30日間とされていますが、具体的な期間や用量については患者ごとに決定することが可能です。
簡単に言えば、2017年版では“条件付きで特定のステロイド製剤を使用する”というイメージだったのが、2024年版では“柔軟に検討できる”という形に進化しています。
ARDSに対するエビデンスをリストアップしました。
ARDSに対するステロイドのエビデンスの概要リスト(この論文から引用)
期待される有益な効果
- 28日死亡率の低下
- 相対リスク(RR): 0.82(95% CI 0.72–0.95, 中等度確実性)
- 人工呼吸器装着期間の短縮の可能性
- 確実性:低い
- 病院滞在期間の短縮の可能性
- 確実性:低い
- 長期投与(7日以上)による生存率の向上
- 短期投与(7日以下)との比較で生存率が高い(サブグループ間相互作用のp値=0.04, 中等度信頼性)
リスク(有害事象)
- 高血糖の増加
- RR: 1.11(95% CI 1.01–1.23, 中等度確実性)
- ICU滞在期間、神経筋力低下、消化管出血
- 影響は不確定(確実性:非常に低い)
特記事項
- 投与法と期間
- 一般的な投与法としては、メチルプレドニゾロン40 mg/日~2 mg/kg/日、またはデキサメタゾンやヒドロコルチゾンが使用されます。治療期間は7日から30日が多いですが、症例に応じた柔軟な調整が必要です。
- COVID-19関連ARDSを含む最新の解析では、ステロイドの投与開始時期や種類による効果の差は確認されていません。
- 小児への適応
- 小児を対象とした研究はなく、現時点では推奨されていません。
- 今回のガイドラインでは、ARDSに対するステロイド使用が中程度の有益性を持つとされています。
28日死亡率の低下が最も注目すべきポイントで、これは特に呼吸器内科の重症患者管理において大きな意味を持つと思います。
人工呼吸器装着期間や病院滞在期間を短縮できる可能性がある点も、患者の早期回復やICUの負担軽減につながる点で重要ですね。 - 一方で、COVID-19関連ARDS患者のデータが多く含まれていることや、小規模試験が全体の結果に影響を与えていることが、エビデンスの信頼性に影響している部分もあります。
- 副作用として高血糖や神経筋力低下が懸念されていますが、高血糖については短期的には管理可能だと考えられています。
- 治療法としては、メチルプレドニゾロンやデキサメタゾンを使用するケースが多いですが、投与量や期間については症例ごとの判断が必要です。
特に長期投与(7日以上)のほうが生存率の向上に寄与する可能性が高いというデータがあるので、症状や病態に応じて柔軟に対応することが求められます。
- 私自身、このエビデンスを踏まえると、やはりリスクとベネフィットの比を考えるとステロイド使用を検討したくなる症例が増えるように感じます。
- ただ、ARDSは二次性の病態であり、感染症、外傷、手術後など原因となる病態が非常に多岐にわたります。たとえば、感染症によるARDSの場合、適切な抗菌薬の使用と組み合わせることで、ステロイドによる恩恵が期待できる可能性があります。
- 一方で、外傷や手術後などの症例では、ステロイド治療が創傷治癒遅延を引き起こす可能性もあり、そのようなケースではステロイドの有益性と害とのバランスがどうなのかが気になるところです。
- 呼吸器内科ではARDS患者を扱うことや他科からコンサルトを受ける機会が多いと思いますので、原因病態や患者個々の状況をしっかりと見極めた上で、適切な治療を選択していくことが大切ですね。
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- Ranieri VM, Rubenfeld GD, Thompson BT, Ferguson ND, Caldwell E, Fan E, et al. ARDS Definition Task Force Acute respiratory distress syndrome: the Berlin definition. JAMA . 2012;307:2526–2533. ↩︎
- Ferguson ND, Fan E, Camporota L, Antonelli M, Anzueto A, Beale R, et al. The Berlin definition of ARDS: an expanded rationale, justification, and supplementary material. Intensive Care Med . 2012;38:1573–1582. ↩︎
- Matthay MA, Arabi Y, Arroliga AC, Bernard G, Bersten AD, Brochard LJ, Calfee CS, Combes A, Daniel BM, Ferguson ND (2024) A new global definition of acute respiratory distress syndrome. Am J Respir Crit Care Med 209:37–47. ↩︎
- ARDS 診療ガイドライン2021 作成委員会 ARDS診療ガイドライン2021 ↩︎